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CHAGE&ASKA、2000年問題

C&A BLOG

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まぁ、2000年ってCHAGE&ASKAにとっていろいろあった年なんですよね。

福岡ドームでのカウントダウンライブ「千年夜一夜ライブ」で華々しく幕を開けた2000年。

この年チャゲアスで動いたのはこ存じ韓国での日本人初の1万規模のライブ「LIVE IN KOREA」だけなんです。

なんかこのライブがきっかけで当時のリアルキャストが倒産し…みたいな書かれ方を週刊誌にされてましたが、このライブ大きいところでNECなど協賛結構付いてましたからね。

赤字出してたとしても抱え込むほどではなかったと思われ…

 

んなことはどうでもよくて。

このライブの影響で出すとされていたASKAのソロアルバムが完成しなかったんですよね。

実はこれ結構大事なことで。

 

この時点で21年のキャリアですが、オリジナルアルバムを一枚も出さなかったのはこの年が初めだったりします。(あってるよね?)

それまではチャゲアス、ソロいずれかは必ずリリースされ続けてきました。それがここに来て途切れた。

 

これ結構大きいことだったんでは?なんて思ってるんですよ。

 

だってそのあとのリリースペースを見てみると。

2001年CHAGE&ASKA「NOT AT ALL」

2005年ASKAソロ「SCENE3」

2007年CHAGE&ASKA「DOUBLE」

2012年ASKAソロ「SCRAMBLE」

このようにリリース間隔が広がっていってしまったわけです。

 

いい意味で「一流商業シンガー」のASKAにとってこの毎年出す使命みたいなのから解放されてしまったのは非常によくなかったんじゃないかなって思うんですよね。

かといって、アルバムを出せないから活動しないってことが出来ないのが大手事務所所属でない最大のデメリットで、とりあえずツアーの日程だけは毎年組んでるんですよ。

ご存知の通り、何が発売されるかの発表もないままツアーのスケジュールだけ出てきてFC先行予約ってのがこの10年くらいの恒例だったように思います。

 

せっきーさんの記事にもあるように新曲がない状態のロングツアーの連発は明らかに良くなかったんじゃ?って思うんですよね。

「助けてあげたら?」と当時離れていたナベさんに言った人が感じ取っていたのもこういう流れがあってのことだと思います。というか、多くのファンも思ってたよね。

 

なまじライブでの動員力、とりあえずライブをやれば高いレベルのライブができる実力を保っていた故の悲劇というか、なんというか。

この、「オリジナルアルバムを出さないことが平気になった」、「オリジナルアルバムなしのロングツアーも平気になった」

この悪循環で新作を出すスパンが開くことでリリース毎にセールスが落ちるというもうどうしようもない循環に陥ってしまい、目標感を失うことに繋がったのかもなって思うのです。

 

今日に至るすべての歯車が狂い出したのはこの2000年で間違いないのではないでしょうか?

 

 


1件のコメント

  • TAKA
    2017年6月6日 5:43 pm

    こんにちは。
    今更ですが1994年もYin&Yangは出ていますが、オリジナルアルバムは出ていません。
    ロングツアー中とソロアルバムで出せる状況ではなかったと思いますが、あの時期に出していれば売上ももう少し伸びていただろうなと思います。

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